リレーエッセイ Vol.13



周囲との関りから生まれる人生の選択肢

経済学部平成29年(2017年)卒 安川 愛真





<自己紹介>
 米と日本酒がおいしい新潟県育ち。父は6歳のころに脳梗塞で倒れ、母と妹3人で言語障害を持つ父の介護を行った思春期。高校は自宅から徒歩圏内に公立進学校があり、通学のお金と時間を節約したい一心で合格。倫理の授業で、先生の語った愛に関する哲学的分類(エロス・フィリアなど)の話に心惹かれ、文系の道に進みました。このまま新潟大学を受験して新潟で穏やかに暮らそうかと思っていた矢先、担任に「あなたは新潟を出た方が良い。埼玉大学を受験したらどうか?」と言われ、文系でありながら数学が得意だった私は埼玉大学経済学部を受験しました。

<在学中:日本経営史との出会い>
 もともと戦前の戦闘機が好きで、「零戦」や「隼」などのプラモデルを集めていました。そんな趣味から派生して、日本経営史を受講したことが、卒業研究・就職活動における大きな転換期であったと思います。「零戦」は「三菱重工業」が、「隼」は「中島飛行機」という会社が当時生産していましたが、これらの会社は今では「三菱」「スバル」という名で自動車メーカーになっています。戦争というセンシティブな内容を含みますが、物資や人的資源の制約が強い時代に、これだけの技術を生み出した技術者たちの魂、その技術が現代へ継承され一流の自動車が生み出されたという歴史に私は惹かれたのです。すっかり経営史の虜になった私は、当時、簿記会計のゼミに所属していたものの、歴史研究をしたい想いが溢れ、戦前期日本の会計制度を研究テーマにしました。ゼミ仲間が「環境会計」や「IFRS」など現代的課題をテーマにするなか、一人歴史研究の道へ突き進みます。コアなテーマにも関わらず、大学院並みの指導をしてくれた恩師の吉田智也先生、一次史料収集を支えてくれた渡辺志津子先生、挫折していた論文執筆に画期的なアドバイスをくれた兄弟子である中野貴元大先輩にはとても感謝しています。
 そして就活では、メイドインジャパンがどんなに好きでも、文系の私には技術者としての知見も才能もなく、技術を開発する側になるのは早々と諦めました。同じく日本経営史の授業で、ソニーのウォークマンを世界に広めたすご腕営業マン「盛田昭夫」のエピソードを知り、技術の魅力を広める側になろうと考え営業職を志します。あらゆるメーカーの就職説明会を受けている中で、建設会社という選択肢が生まれ、ものづくりの世界に足を踏み入れることになりました。

<卒業後:営業を極める>
 卒業後は県内の建設会社に入社しました。新入社員研修が終わったとたん、建築の飛び込み営業を命じられました。おそらく皆さんのイメージ通りで、毎日何十件とピンポンをして、「建物を建てませんか?」と見知らぬ人に声をかけ続けます。大体は警戒され、時に怒鳴られながら、徐々に仲良くなって仕事を任せてもらいます。
 今ではその経験を活かし建設・不動産コンサルタントとして独立起業しました。具体的には、老人ホームをやりたいという事業者がいれば、希望エリアを聞いて、土地を貸してくれる人を飛び込みで探します。かっこよく言うと、事業者と土地所有者の地域に貢献したいという想いをつなぐ仕事です。
 飛び込み営業は、営業手法の中では一番泥臭く、やりたがる人はほぼいません。それでも飛び込み営業に価値を感じるのは、顧客の潜在ニーズを肌で感じることができるからです。今日の企業では、ソリューション(課題解決)という考え方が主流となっていますが、これだけでは顧客に価値を提供しきれない時代が訪れています。ネットやAIの発達により、「困ったことがあれば自分で調べて解決する」ことができるからです。例えば、家電を購入する際、ネットで調べて、商品を決める人が大半だと思います。家電量販店に立っている営業マンに一から相談して買う人は少ないのではないでしょうか。私は価格交渉で話しかけるぐらいです。AIの発達により、人間の仕事の大半が無くなると囁かれていますが、営業の私も他人事ではないなぁと感じています。
 欲しいものも困り事もネットとAIで自己解決できる…そうなってくると、これから人間がやれることは「顧客本人ですら気づいていない価値を見つける・創り出す」といった次元になります。私はそのヒントやアイデアは人々の心の中にあると思っていて、その手段として飛び込み営業を選んでいます。老人ホームも数年前は「高齢者が増えるから老人ホームを建てる」という需給的な理由でしたが、今は「農園つきの施設を建てて、高齢者の生きがいにつなげたい」といった多様性に富んだ理由に変わってきています。仕事に限らず、この想いや夢といった部分は、直接人と話すことにより初めて知ることができます。飛び込み営業は非効率的に見えますが、そこで出会った人がきっかけで仕事が生まれ、色々な人のアイデアが繋がることで、地域に新しい変化を起こせます。人と人とのつながりで新しい価値や生きがいを生む・・・これからの時代に必要なことだと考えています。

<後輩へのメッセージ>
在学中の出会いや経験・向き合った課題が、現在の私の生きる軸となっています。「大学で学んだことが役に立つのか」という声もたまに聞きますが、これからはスキルや知識量だけではなく、「物事に深く向き合い、自分で問いを立てる」といった思考力が必要です。この思考力は大学で身に付いたものであり、自分の思想や選択にプラスに働きます。皆さんも授業や、サークル活動、友人と過ごした日々など、多くの経験をこの埼玉大学で得たことでしょう。その経験は、皆さんの宝となり、これから生きていくための武器になります。その思い出と経験はずっと大切にしてください。



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